男性も化粧をするべきか?に「する必要はない」と答える理由【メンズメイク議論】

「男性も化粧をするべきか?」という話題や議論は、これから増えていくだろう。

それに対して自分は、「する必要がない」と答える。

自分は、この「メンズ美容専門チャンネル」というサイトをやっているくらいは美容には関心があるのだが、だからといって「メンズメイクが当たり前」になることが望ましいとは思わない。

自分は美容に気を使うし、メイクすることもあるが、なぜならそれが好きだからだ。

だが、「男性も化粧をするべき」までいくと、やりたくない人までやらなければならなくなってしまう。それは社会にとって良いことではないだろう。

一方で、資本主義の論理によって、これからの世の中は、「男性も化粧をするべき」という方向に向かっていく可能性が高い。

今回は、具体的な美容法の解説ではなく、美容業界(化粧品業界)と社会の仕組みについての、オピニオン記事になります

なぜ「化粧をする必要はない」のか?

自分は、「化粧をする必要がない」派である。

その理由はシンプルで、無駄な義務が増えるのは社会にとって良いことではないから。

「化粧がマナー」になると、単純に負担が増える。

仕事、家事、育児、介護、諸々の手続きなど、ただでさえ現代人は「やらなければいけないことの山」に忙殺されている。そこに、さらに「化粧」という義務を付け加えるべきではないだろう。

そもそも、「美醜」が相対的に決まるものなら、「みんなが化粧して、みんなが綺麗になってよかったね!」とはならない。

「化粧」が普及しても、好まれる外見の人と好まれない外見の人の比率は変わらず、一方で化粧をしない人は不利になってしまうので、単純に「義務」が増えることになる。

以上の理由で、「男性も化粧をするべき」という社会になっていくことは、望ましくないと自分は考えている。

さらに言えば、女性も化粧をする必要がないと思う。

女性の場合はすでに、「最低限の化粧をするのがマナー」になってしまっているので、大変だと思う。

これについては、女性のほうが「美」が武器になる場面が男性よりも多いことにも関係しているだろう。ただ、良いか悪いかで言えば、少なくとも「ノーメイクでもマナー違反ではない」という社会のほうが良い社会だとは思う。

しかし、「化粧品」や「美容品」には市場性があるので、お金を稼ごうとする側は、「化粧は常識です」「化粧はマナーです」と働きかけるインセンティブがある。

 

メディアや広告は「男性の化粧はマナー」という風潮を強めようとする

化粧をマナーにするべきではないと自分は考えるが、社会はこれから逆の方向に向かっていきそうだ。

なぜなら、「化粧品を売ると儲かるから」

男性の化粧品は、まだまだ未開拓の市場であり、需要を喚起したい化粧品関連の業界は、「男性も化粧をするのは常識でありマナーだよね!」という考えを普及させたいと考える。

  • 男性のステレオタイプが変化している!これからの男性は美容を意識すべき!
  • メイクは女性だけのものじゃない!男だって美しくなっていい!
  • 見た目が良いと仕事でも高評価!メンズメイクを武器にしよう!
  • コンプレックスを隠すためにはこの化粧品を使えば簡単!
  • 気分の切り替えや意識向上のために!デキる男ほどメイクをする!

などなど、現時点ですでに多くのメディアが「男性も化粧をするべき」という記事を公開している。

未開拓のメンズメイク市場を開拓すると金になるし、メディアや広告がスポンサーを必要とする以上、「男も化粧をするべき」という論調は今後も増え続けていくだろう。

現在のビジネスは、「需要を見つけだす」では足りず、「むりやり需要を作り出す」必要がある。すでに、認知や心理の欠陥を利用したり、コンプレックスを刺激するなど、様々なえげつないビジネスが行われているが、それを考えるなら「男性も化粧をするのがマナー」となっていくのも時間の問題だ。

資本主義の論理、業界の事情によって、「化粧をする男性ほど仕事で成功しやすい」とか「化粧で見た目が良くなるのは素晴らしい体験」というイメージが、これからますます広められていくだろう。

美容(外見)は、人々の関心が高く、コンプレックスを作り出しやすく、正解がなく、終わりもないので、とても市場性が高い

化粧品に限らず、美容関連の製品は「コンプレックス商法」が横行している。だからこそ儲かるし、規制や倫理観とのせめぎ合いも起こっている

 

メンズメイクが普及して「合成の誤謬」が起こる

経済学の教科書を開くと、たいていの場合は最初のほうで、「合成の誤謬」という概念が紹介される。

経済学が扱う「市場」は、「合成の誤謬」が起きやすい場だからだ。

「合成の誤謬」とは、それぞれの「個人」が最適な行動を取った結果、「全体」としてみんなが損をしてしまうことを言う。

「合成の誤謬」の誤謬は、「化粧」にも当てはまる。

  • 「個人」にとっては、化粧で見た目が美しくなるのは良いこと
  • 「全体」にとっては、化粧をしないと不利な社会になる(化粧がマナーになる)のは悪いこと

個人の立場では、化粧を覚えて見た目が良くなるのは「良いこと」かもしれない。だが、みんなが当然のように化粧をするようになれば、化粧によるルックス向上は相対的に薄れていき、逆に「化粧をしないと不利な社会」になってしまう。

このような「合成の誤謬」という現象は、世の中のいたるところで起こるし、「何らかのルールで制御できないか?」という議論になることも多い。

例えば、「労働時間」などは、法律で上限が定められている。みんなが競争で勝つためにひたすら働き続ける「合成の誤謬」を避けるために、「法定労働時間」というルールが決まっている。(日本でちゃんと守られているとは言いにくいし、個人に適用されるものでもないのだが、一応は罰則のあるルールとして機能している)

では「化粧」に関してだが、「化粧」は、法律で規制できる種類のものではなく、おそらく「合成の誤謬」まで行くのは避けられない。

現在の日本では、「男がメイクするなんて恥ずかしい、気持ち悪い」という保守的な感覚がストッパーになっている状況だが、これは長くは持たないと思う。

お金を稼ぐために必死な業界側に押しやられて、「これからの時代は男も化粧を覚えるべきでしょ!」「メイクで見た目を良くすると有利になる!」という考えの趨勢が強まっていく可能性が高い。

こんなサイトをやってるくらいなので、美容やメイクは個人的には好きですよ! ただ、全員が強制されるようになると、社会にとっては良いことではないと思っています

 

メンズメイクに求められるのは「節度」である

これからは、「男も化粧をするべき」という風潮が強まっていくことが予想される。

一方で、ここで述べてきた「化粧がマナーになることは合成の誤謬」という理屈は、一定の見識のある男性ならみんな分かっていることなので、メンズメイクが上達しても、それほど仕事で有利にならないかもしれない。

短期的な取引の場合、メンズメイクは仕事にプラスになることが多いと思う。一方で、長期的な取引や、高度なコミュニケーションを求められるような場ほど、メンズメイクは意味がなかったり、逆効果になったりする。

「メディアがこれからは男性も化粧と言ってるから化粧すべきでしょ」みたいなレベルの人は、一定以上の高度な仕事をしている人たちからすると、お話にならない

仕事で継続して成果を出している人たちはバカではないし、本質的な仕事内容にフォーカスするほど、当人の美醜なんてどうでもいいものなので、「メイクすることで仕事の成果が上がる」というのは表面的なレベルの話だと思う。

もっとも、人間は無意識のうちに外見で人を判断しているので、「メイクしていると思われないようなメイクで外見を良くする」というのは、ある程度は有効になる場合が多い。

「メイクが常識になること」の良し悪しはともかく、個人の立場では、ある程度のメンズメイクは覚えておいたほうがいいかもしれない。

ちなみに自分は、本業は美容とはまったく関係のない業界です。自分の職場では外見を気にする人なんて一人もいないような感じで、同僚と美容の話なんてしたこともありません(笑)

 

以上、メンズメイクについてのオピニオンを述べてきた。

 

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