「このまま自由恋愛が続くと、少子化が進んで、社会が持続不可能になるんじゃない?」と思っている人は、けっこういると思う。
実際のところ、「自由に恋愛して結婚する」ことが前提の社会って、普通に考えてヤバすぎるし、絶対にどこかで破綻する!
今回は、自由恋愛が続くと少子化で社会が崩壊する件について、自分の考えを述べていきたい。
目次
「お見合い」だから結婚できていたわけで、「自由恋愛」だと結婚できない人のほうが多数派
「若者が恋愛できていない」「少子化が問題」とよく言われる。
だが、「そもそも自由恋愛で成り立っていた社会なんてあったの?」という話になる。
以下は、「50歳まで未婚の人の割合」を示したグラフ。
(内閣府-少子化対策の現状(第1章 3)-50歳時の未婚割合の推移と将来推計より画像を引用)
1990年頃までは、なんと95%ほどの人が結婚していた。
今となっては考えられないかもしれないが、本当に、「結婚するのが当たり前」だった時代があったのだ。
グラフは、50歳時の未婚割合を示したものなので、1940年生まれの人は、9割以上が結婚していたことになる。
なぜ、みんなが結婚できていたのかというと、「恋愛」ではなく「お見合い」で結婚していたから。
以下のグラフによると、日本で「恋愛結婚」と「見合い結婚」の比率が逆転したのが、1965年くらいの時期。
(国立社会保障・人口問題研究所-結婚年次別にみた、恋愛結婚・見合い結婚構成の推移より画像を引用)
「恋愛結婚」と「見合い結婚」が逆転した時期は意外と早いが、「結婚するのが当たり前」という価値観は、20世紀後半も根強く続いていただろう。
今のような「結婚するかしないかは個人の自由」という価値観は、じわじわと浸透していき、現在の当たり前になっていった。
まだ日本は、「自由恋愛」社会になってから、それほど時間は経っていない。
プレジデントオンラインの「独身が増え続ける原因を「若者の恋愛離れ」にしたがるメディアの大ウソ」という記事では、今も昔も、まともに恋愛できていたのは「全体の3割」と分析されている。
未婚率の上昇は、「若者の恋愛力が弱まったから」ではなく、「見合い結婚が廃れて、恋愛結婚が当たり前になったから」が理由だ。
かつては、「結婚しない人間は一人前ではない」という規範があり、「お見合い」というシステムによって、9割以上の人間が結婚できていた。
「自由恋愛でみんなが結婚していた」なんて状況は、そもそも存在しないのだ。
つまり、「自由恋愛が普及すると、結婚できない人が増え、少子化が加速していく」と認識するべきだろう。
「自由恋愛」を前提にした社会って、持続可能性がないのでは?
今の社会は、政治的正しさ、多様性が重視され、「結婚なんて個人の自由」が常識となっている。
しかし一方で、今の「自由恋愛」を前提とした社会では、新しく生まれる人間の数が減っている。
つまり、今の「自由」は、過去の貯金を切り崩すことで成立しているようなものだ。
今のペースの人口減少が続けば、「自由が何よりも重要な価値だ!」と言っていられなくなり、「結婚への圧力がある社会」が再評価される気運が高まるかもしれない。
人類には様々な文化圏が存在するが、「婚姻を結び、二人の男女が長期的な愛を誓い合う」という制度は、ほとんどの文化に共通して見られる。
「結婚しなければならない」という価値観は、社会が長期的に存続する上で、なくてはならないものだったのではないか。
なぜ「結婚」が重要な社会制度だったのか
なぜ結婚がそれほど重要なのか?
それは、男女のマッチングは、「結婚」という「不自由で抑圧された形」でしか成り立たないから。
男女はそれぞれ
- 男性:基本的に価値が低いが、後天的に得た価値は低下しにくい
- 女性:年齢の若いうちの価値がめちゃくちゃ高い
といった傾向がある。
このような特徴がある以上、何らかの制限がなければ、男女の長期的なマッチングは難しくなる。
「自由にやっていい」のであれば、男性は、付き合っている女性が若さを失ったときに別れて、新しい女性に手を出すのが、最適な行動になる。
これを防いでいたのが、「結婚」という社会制度と、それに付随する「女性に貞淑を求め、男性に責任を求める」という家父長制的な規範。
「自由な社会」においては、男女の長期的なマッチングは成立しない。それゆえに、「結婚」というのは重要な制度であり続けてきた。
「結婚」という制度は、「男女の長期的なマッチングを成立させる」という合理性があるがゆえに、あらゆる文化において重宝されてきたのだろう。
「結婚しなくてもいい」社会は、格差が大きくなり、継続不可能になる
日本など、今の先進国は、「結婚しなくていい」社会だ。
むしろ、ここで述べているような、「結婚への圧力がない社会は維持できないのでは?」という疑問すら、政治的に正しくないものとされる可能性がある。
このような社会では、「モテの格差」がむき出しになってしまっている。
「あらゆる世代の男性」が、「若い女性」に殺到するので、恋愛面の競争率がヤバいことになっている。
今は、もはや平均的な男性の若者は、彼女を作るのにかなり苦労するだろう。
若い女性側からすると、めちゃくちゃ売り手市場なのだが、だからといって「結婚」しやすいわけではない。
女性は、「モテる」のは簡単だが、「結婚」は難しいから。
どんな女性も、短期的にトップクラスの男性と付き合うことは簡単にできるが、「結婚相手」に選ばれるわけではない。
そして、結婚相手として選ばれなかった女性も、だからといってランクを落とした男性と結婚したいとまでは思わないので、未婚率は上昇していく。
このような「結婚しなくていい自由な社会」は、今はまだ過去の蓄積を消費することで継続しているが、長期的には、共同体が存続不可能になってしまう。
これからどうなる?
少子化が進む社会は、持続可能性がなく、長期的には、何らかの変化を迫られるはずだ。
では、これからどうなるのか?
これからの「恋愛・結婚」の変化として
- 「保守的な結婚観」が再評価される
- 「保守的な結婚観」が否定されて、「一夫多妻制」になる
の2つのパターンが考えられると思っている。
「保守的な結婚観」が再評価される
今は、「結婚とか個人の自由だし、結婚して当たり前なんてのは時代遅れだよね」となっているけど、これから少子高齢化という問題に悩まされる人が増えるにつれて、「保守的な価値観にはちゃんと合理性があったよね」と再評価の気運が高まるパターンが考えられる。
さらに、「結婚に否定的な人」が子供を残しにくいのに対して、「結婚に肯定的な人」のほうが子供を多く生みやすい。
そのため、世代を跨ぐほど、「結婚ってやっぱり大切」と考える人の比率が増えていくことが考えられる。
「保守的な結婚観」が否定されて「一夫多妻制」になる
「保守的な結婚観」が再評価されるパターンの他に、今の結婚が否定される動きがさらに進んで、「一夫多妻制のもとで少子化が解決される」というパターンもあると思う。
イスラム的な「一夫多妻制」ではなく、「結婚」という仕組みが解体された結果、「実質的な一夫多妻制」になっていく、というイメージだ。
一部のトップ層の男性が、たくさんの女性に子供を産ませる形で、少子化が解決するパターンも考えられないだろうか。
そもそも、なぜ人間は、大きな格差があるにもかかわらず、ゴリラのような「一夫多妻制」ではなく、「一夫一妻制」なのかというと、そのほうが集団として強かったから。
多くの男性が平等意識を持てる「一夫一妻制」を採用した集団のほうが、戦争などにおいて強かった。
だが、グローバル社会が確立した今の時代は、共同体や少国家レベルの戦争は、過去よりもずっと起こりにくくなっている。
そのため、「一夫多妻制の集団が、一夫一妻制の集団に滅ぼされる」という過去に起こった淘汰が、今は起こらなくなっている可能性がある。
「結婚」というシステムが廃れたあと、「実質的な一夫多妻制」のもとで子供が十分に生まれるなら、それが継続的な制度になる可能はがある。
以上、今回は、オピニオン記事として、社会的な内容のものを書いた。
自分の主張が絶対的に正しいと言うつもりはもちろんないし、未来予想めいたことを書いたが、十分な確信があるわけではない。
「それは間違っている」「自分はこう思う」ということがあれば、匿名でもコメント欄を開放しているので、気軽にコメントを書き込んでもらいたい。
当サイト「メンズ美容チャンネル」では、男性向けの「モテ」関連の記事も書いているので、よければ他のページも参考にしていって欲しい。